昨日風呂に入ったあと、全裸でリビングに行くと娘がこちらを見て何かを言った。
小声だった。テレビの音にかき消されるようなトーン。
けれど、確かに聞こえた。
「パパ……ソ〇ン」
……え?今、なんて言った?
耳を疑った。
まさか、娘の口からそんな言葉が?
オレは思わず姿勢を正した。
「ちょ、ちょっと待って。今、パパになんて言った?」
娘はスマホをいじりながら「え?なにが?」と涼しい顔。
いや、“なにが”じゃない。
今の一言でパパ、心臓止まりかけたんだよ。
思春期が始まると、親子の距離は変わるという。
でもこんな形で距離を感じるとは。
なんかこう、胸の奥に小さなトゲみたいなものが刺さる。
「まさか…娘にそういう目で見られていたのか……?」
と、妙な方向に思考が暴走する。
いや、冷静になれオレ。
きっと聞き間違いだ。
リビングの反響音とか、テレビのBGMとか、そういう要因が重なっただけだ。
そう自分に言い聞かせながらも、気になって仕方がない。
いやそもそもパパのしかみたことないはず
ここは俺がソ○ンであるかどうかはどうでもいい
勇気を出して、もう一度聞く。
「ねぇ、さっき“パパなんとか”って言ったよね? なんて言ったの?」
娘は一瞬だけ顔を上げて、あっけらかんとした声で言った。
「え?あれ?パパ、〇〇〇のこと知らないの?」
でも、なんとなく覚えてる。
その語尾の“ン”の響き。
ああ、確かに“ン”だった。
そして、確かに“ソ〇ン”と聞こえた。
恥ずかしさと安堵のあいだで心がぐらつく。
自分の耳の老化を恨みながら、そっと深呼吸する。
そして娘はこう言った。
「ほら、あの昔の人だよ~。知らないの~?」
……昔の人?
その瞬間、すべてがつながった。
カレーライスの女だった。